竹生島(めろりーな2)

『オートバイ倶楽部めろりーな』(当時は『めろりん』)竹生島ツーリング。

 

今回は最若手メンバー高石市のニンジャ乗り、吉村君が”超赤裸々”に語ってくれます。

 

『吉村レポート1』

 

私が松田昌彦から遠乗りの誘いを受けたのは出発の前日だった。

計画では松田は京都で鶴亀太子、ササキ、そして真知の三人と合流した後、琵

琶湖の北方、竹生島までいくという。私は、下田真知の参加を松田に教えら

れ、それならとツーリングに加わった。

私は先週、付き合っていた真知に別れを告げられていた。

原因は私にあった。女に愛想を尽かされた話を松田からよく聞いては笑ってい

た私だった。付き合っている女の心を裏切るなど私に限ってあり得ない、私は

そう思っていた。

しかし、私は実は松田のおっさんと何等変わらない男だった。そして、自分と

同列に私を引き込んだ松田昌彦を、私は恨む。

 

事の起こりは松田が園田競馬で間違って獲った16倍馬券だった。松田昌彦が

どこからか“レディストーカー絶対”なる情報を仕入れてきたのだ。

「4番は絶対なんだから、論理的、科学的にこの買い方しかないだろう」

松田はそう言い、福沢諭吉氏を一人確信に満ちた態度で単勝4番に特攻させ

た。松田がその財布の中身を全く躊躇無く空にする様子に愚かな私はつられて

しまった。券売機に走り締め切り30秒前、私はレディストーカーが勝ち馬だ

ろうと新渡戸稲造氏をもって投票していた。

 

レディストーカーは、信じられないダッシュ力を見せた。その時松田は、眼前

に行われているレースをまるで再放送でも見ているかの様子で薄ら笑いさえ浮

かべ、見下ろしてした。

「この先行は、ただの先行じゃないぜ」全てを知っているかの様に松田は確か

にそういった。

松田が仕入れた情報の出所を私は知らなかったが、レース前に松田が語った展

開は、その時確かに再現されていた。ゲートを押し破るようなレディストー

カーのロケットスタートは、松田の「絶対」という言葉に流され、稲造を財布

から派遣してしまっていた私を大興奮させた。

もう“ブッチぎり”といってよかった。最終コーナーをまわるまでは。

とんでもないスタミナを手に入れたはずのレディストーカーの電池は、最終

コーナーで突然、切れた。

松田昌彦と私は、スタミナが切れたのかやる気を無くしたのか目の前を軽く流

すように通り過ぎるアラブに、ひどい罵声を浴びせていた。滅多にいわない悪

口や雑言の類をブツブツさせた私だったが、送り出した稲造が帰ってきてくれ

るわけはなかった。何が気にくわないのかレディストーカーに闇雲に鞭をいれ

続け失速させた能無し騎手合田光宏に、松田は表記不能の呪いの言葉を吐いて

いた。

私は、全身の力を失なった。頭を抱えベンチに座り込むしかなかった。松田の

話を聞いてその気になり、大切な真知とのデート資金を全て失った私は、外れ

馬券が舞うスタンドを離れる事が出来なかった。動けなかった。

しばらく収入の予定がない私にとり新渡戸稲造は真知と逢う事になっている火

曜夜まで、なんとしてでも財布の中にいてもらわなければならない最重要人物

だったのだ。

 

稲造だけではなく隣にいたはずの松田昌彦がいなくなっている事に私は気がつ

いた。

しかし、そんな事はもうどうでもよかった。最終レースを落とした連中から、

客はそれぞれのねぐら、あるいは一杯飲み屋に向けて帰りはじめている。しか

し私には、おっさん達に紛れて混雑した階段をおりる気力も、高石市まで帰る

電車賃ももう残っていなかった。

顔を向けていた園田競馬の電光掲示板は私の両の目には焦点がずれ、オレンジ

色に光が滲むばかりだった。何度目かの大きなため息をつくと、堅いベンチに

座り直す。

すると「吉村君!」、そう声が掛かった。

私が振り向くと、今度は缶コーヒーが飛んできた。野球で鍛えた反射神経と動

体視力は、私にそれを左手で受けさせた。声の主は私が帰ったと思っていた、

松田昌彦であった。

「帰ったと思ったよ」

そういって見せた私の微笑は松田にはひきつりに見えただろう。

「いやあ、ちょっとした間違いがあってね。残念だったね吉村君。ストーカー

の事は忘れろ。でも泣くな。ほら、これ見ろ。17人に学問をススメられてん

だよ。ええっ。困ったなあ。どうしよう、学問」

わざとらしい困った顔をしながら近づいてくる松田昌彦の手の中で扇の形に

なってひらひらしているものは、明らかに日本銀行券だった。

写真判定の結果、鼻差で一着に入っていたのは、松田がレディストーカーのつ

もりで買った単勝4番ヨレンジャーだった。滅多に競馬をやらない松田は、実

は馬券の買い方もよくわかっていなかったのだ。

ノーマークだったヨレンジャーの勝利は、松田昌彦の勘違いの助けを借り、暗

黒の海底深く沈み込んだ私の心を一気に上空4万メートルまで浮上させた。

 

☆二時間後

 

突っ込んだ分を差し引いた後、配当金を山分けした松田と私は、松田の故郷尼

崎にあるホルモン焼きの店において、すでに出来上がっていた。

松田が絶品だと力説する牛だか何だかよくわからない内蔵の煮込みを、独特の

匂いもあって私は最初とても食べられないと思っていた。しかし、私が慎重に

それを口に運んでいたのは最初の二口ぐらいまでだったろう。尼崎の煮込みホ

ルモンは、安酒を破壊的にうまくするとんでもない労働者の味であったのだ。

この点において松田の力説は、大げさなものでもなんでもなかったといえる。

今風にいえばオープンカフェ形式の店で私はかなり早いペースで煮込みホルモ

ンのお代わりを注文していた。そのペースは、店先に座り込みワンカップで

やっていた初老の男(松田曰く、よたんぼのおっさん)に「にいちゃん、ホル

モンそないうまいか」と質問を投げかけさせる程のものであった。

しかし、二人で一キロ近くのホルモンを平らげ、松田と私は、ある勢いが付き

すぎてしまった。会計を済ませた後でも、ヨレンジャーに太らせてもらった私

達の懐にダメージは全く無く、松田と私は勢いをそらす為に昭和の男が出かけ

た昭和の町、松島へ繰り出した。

 

私の幸せは長くは続かなかった。あろうことか、松田は自身で運営するサイト

に、“大阪浪漫シリーズ第四弾、松島突撃リポート”なるコーナーを仕立てあ

げたのだ。

写真撮影がその筋の者によって堅く禁止されている為画像こそなかったものの

登場人物に明らかに私、吉村伸也とわかる、大学生YS君というのが出ていた

のだ。

しかも、YS君はレポートの中で情けないほどリアルな表現を用い、事細かな

島での出来事を松田から受けるインタビューに答えるという形で語らされてい

た。確かに私は事が終わると首尾を松田に話したし、「足にワンポイントで墨

が入っていてビビった」等という松田の方の話も興味深く聴いたりはした。

が、浪漫シリーズゲストのYS君はそのコメントに私が実際は一言もいわな

かった尾ひれを六、七枚はつけられていた。

大阪浪漫シリーズ第四弾が公開されたその日の夜、真知から(信じられへん)

とだけ書かれたメールが届いた。あわてて電話をしたが、事実確認を求められ

ただけで、私の弁解時間は20秒と取られなかった。

 

かくして、私は真知にフラれた。

真知が過去の経験を元に男に望むものは、たとえ不器用でもいいからとにかく

誠実で潔癖な性格であることだったからだ。私は松田と園田競馬へ行くまで

は、確かにそうだった。松島での行状は、許される種類のものではなかった。

自分の過ちを人のせいにしたくはなかったが、松田昌彦を恨みでもしなければ

やっていられなかった。

私は真知と別れた後、松田に抗議の電話を入れた。

「デート資金を何倍にもしてくれたのは感謝している。嬉しかった。私も浮か

れた。しかし、その後の事をどうしてサイトのコンテンツにしたりするんだ。

真知があんたのサイトをたまに訪れることは、BBSの書き込みを見てもわ

かってるだろ。私が何をしたっていうんだ」と。

すると電話口の松田は、通常の声に一つずつシャープのついたひっくり返り気

味の声でこういった。

「吉村君、話はわかった。俺のホームページのせいだな。それは。責任を感じ

るよ。心ならずも君らの仲を壊してしまった。仲直りのきっかけを俺が作るか

らそれで勘弁してくれ。ちょうどええ事に明日、竹生島へ西国三十三カ所巡り

ツーリングにいくつもりやねん。真知もくるけど、これどうや。ヨレンジャー

の勝ち分はまだ使い切ってないやろ。それで今津から船に乗ろう。船に。船は

ええどお。船は」

電話向こうの松田昌彦は、明日の予定が楽しみで仕方ない事がとてもよくわか

る弾んだ調子だった。私は今一つ納得はいかなかったが、買ったばかりのニン

ジャの馴らし運転を早く済ませたいのもあり、「合流する」と答えた。

 

松田がうまく真知との仲を取り持ってくれるかもしれない。いや、もうすでに

松田昌彦と真知との間で話は付いていて、松田はこのツーリングを和解ツーリ

ングのつもりで企画したのかもしれない等と私の期待は、電話を切ってからの

時間の経過に従い、ますます自分に都合のいい方向へと進んでいった。

私は集合の時間を聞いていなかった事を思い出し、再度松田のPHSを鳴らし

た。

「ところで、何時にどこへいけばいい」そう聞くと、

「お昼は今津で食べるから今津で逢おう」

松田昌彦は、そういった。

 

10月11日、出遅れた私だったが、阪神高速、名神高速とニンジャでつなげ

ば多少の遅れはなんという事もない。高石の家を出てから大津まで1時間もか

からない。そこまで行っていれば、後は昼時に琵琶湖の北、今津まで時間調整

しながらいろんなギアを使い流せばよかった。

今津の観光港はすぐに見つかった。私に気が付き、鶴亀ネーさんがこっちへこ

いと手招きをするのが見え、私は気持ち悪いぐらいぴったりのタイミングで合

流を果たした。

 

松田昌彦は相変わらずの男だった。「腹が減った、腹が減った」と、どこでも

節操なく空腹を訴える。私にはわかる。この男、心に何か満たされないものが

あるに違いない。

濃紺のジェットヘルメットをつけた真知が「松田さん、朝御飯食べてないの」

と松田に聞いた。すると「食べたで。食べたけど食パン一枚や。昼まで持たん

わ。真知嬢はお腹空いてないのか」箱に外したグローブを放り込みながら松田

はそう言った。

「お腹、私も空いてるに決まってるよ。お昼なんだから」

真知は、ヘルメットをとってからそう答えた。

「真知嬢も減ってるんじゃないか。俺はよ、腹が減ったから腹が減ったという

んだ。欲望に正直なんだ。マジで腹減った」

松田とのインチキな会話に微笑む真知は私の方をちらと見、視線をそらさない

ままで頭を少し下げた。

 

真知はチャパツが似合っている。色が付いているのかいないのか判らないよ

うな中途半端な私の髪の色も、真知のチャパツに合わせてみた結果だ。髪は伸

びてしまい、頭頂部はカッパ状に黒いが、背の高さのおかげで私のカッパは

ちっとも目立たない。

松田昌彦はバックミラーに自分の姿を写し、相変わらずのグチャグチャ頭をグ

チャグチャに引っかき回し、ヘルメットで押さえられた頭に血を送っている。

ササキと鶴亀姉貴はというと、私のニンジャを眺め、そのピカピカ振りに感心

をしていた。

 

今津港の食堂で注文したうどん定食は、文明開化の音がした。ササキも松田も

鶴亀も、そして真知もその定食にひたすら喜んでいるようだった。しかし私は

違った。定食は、組み合わせがなんだかおかしいのだ。私の前に運ばれてきた

のは近所のおばさん考案に間違いない、冷蔵庫の中にあった材料を一つのお皿

に並べたように見える謎の定食だった。

そのうどん定食は私の考えるうどん定食はこうあるべきだという“型”を踏み

外していた。

 

揚げたてのエビフライはうまいものだ。うまいのだが、これはうどん定食だ。

思うにこのエビフライは、えび天でなければならなくはないか。メロンとオレ

ンジはうどん定食には特に必要ではないんじゃないか。お皿にはゆで卵もある

が、何故なのか。そもそも、サラダかスープが入っていそうなこの西洋風のお

皿に、一緒くたに盛りつけられているのはどうなのだ。うどんの入っているど

んぶりとスープ皿のちぐはぐ感は一体どうしてくれるのだ。私は一人、頭を抱

えた。

しかしそれだけではなかった。最後に運ばれてきた6食目のうどん定食は、そ

ば定食にすり替わっていたのだ。この事は、悩める私を完全に打ちのめした。

うどんは、そばなのか。私には確かにその細い奴がそばに見えた。うどん定食

6つという、間違えようにも間違えられないオーダーが何故、厨房においてう

ど定5丁そば定1丁に勝手に変更されているのだ。店に入ってきた私達に、

「うどん定食がたくさん食べれていいよ」とすすめたのは、店のおばさんでは

なかったのか。

うどん定食の前で固まってしまった私を再起動させたのは、ササキだった。

「吉村君、これが人生っていうもんじゃないかな。君の経験の中にあるうどん

定食は、うどん、そして長方形の皿にのったおにぎり、あるいはゆかりか何か

が振ってあるご飯に、天麩羅、ちょっとした付け合わせ、そんなものだったん

だろ。でもな吉村君。こういう事も起こり得るんだよ。和食のチェーン店じゃ

ないんだ。これが現実なんだよ。でもな、みろよ。俺達はタイミングがいい。

このエビフライは、明らかに揚げたてじゃないか。きれいな油で揚げた、この

揚げたてを受け入れる事を楽しもうじゃないか。それでいいじゃないか。私達

の席には七味の瓶がない事、一つだけそば定食が運ばれてきたのだって大した

問題とはいえないさ。ほら、真っちゃんが隣の席からこうして七味をパクッて

くれただろ。サンキュー。これで解決。それに、間違ってやってきたそば定

は…」

鶴亀姉貴が手を挙げた。

「私がいただくわ!」

「ほら、解決だ。鶴亀さんがそばを引き受けてくれただろ。松田のまっさんを

みてみろよ、箸を割ってからというもの、彼は誰とも会話をしていないだろ

う。お腹が空いてる彼にとって、うどん定食のあるべき姿なんかそんな事はど

うでもいいことなんだ。食事に対し一生懸命じゃないか。彼を見習ってみたら

どうだろう。吉村君、君が今なすべきは、エビフライをカリッといく事なんだ

よ。生きるって事はそういう事なんじゃないか」

私は、ササキという男とあまり話をした事はなかった。しかし、うどん定食が

不思議な盛り合わせを見せたという小さな事で頭が一杯になりうろたえてし

まった私の心を、ササキはB組の坂本先生のようにほぐしてくれた、次の行動

を促してくれた。

私は、うどん定食を受け入れる事が出来た。

そうだ、私だって腹が空いている。ペコペコじゃないか。

いただこう。元気よくいただこう。

気持ちの整理がついた私は、箸をパリッと美しく、左右どちらにも片寄らせず

割った。そして、次におとずれた瞬間は、私に生きるとはどういう事かを、

ササキの言葉以上に明快に教えてくれる出来事だった。

 

確かに二匹いたはずの、当の揚げたてエビフライは、私の皿の上から消えてい

た。私は反射的に左を振り向いた。そこには松田昌彦が座っていたからだ。

「あ、もらったよ。エビフライ嫌いそうだから、もらったよ。おいしいのに」

信じられない言葉だった。ササキの演説に聴き入っている何秒かの私のフリー

ズ中に、エビフライは見事に盗まれていた。

「昌彦さん、二匹全部とらなくてもいいじゃないか」ボーッとしていた私も悪

いが、根こそぎはあまりにも酷だ。私は松田昌彦に抗議した。すると、

「ごめん、一つは私…」と、右に座っていた鶴亀ネーさんから突然、謝罪の声

があがった。私のうどん定食は、左右両側から蹂躙されていたのだ。

ここは、アフリカのサバンナだった。近江の国今津だが東京だった。生き馬の

目を抜かれ、あっけにとられる私を放置したまま、ササキ、松田、鶴亀は、

モーレツな勢いで麺をすすっていた。

ただ、窓際の真知だけが微笑みそして、イタリア製西部劇並の勢いで、ハウス

七味唐辛子の小瓶をこちらに滑らせてきた。

うどん定食は、結構いけた。

 

船はきた。電話で聞いた松田の説明からでは、だれがどう想像したって、船頭

が櫂で渡してくれるシーンしか頭の中に出てこない。しかしそれは私の想像よ

りも立派な船だった。エンジンは心地よい重低音を発しているし、甲板では風

に吹かれることも出来そうだった。船賃は竹生島までの往復で2420円と結

構な額であった。しかし、私の財布には真知と別れる原因になったヨレン

ジャーの配当金がまだ残っていた。悲しいが、私は切符を余裕で買うことがで

きた。

私は琵琶湖に突き出た桟橋をすすんだ。乗り込む前に桟橋から岸に目をやる

と、港とそのすぐ横の湖岸に綺麗に並べたバイクが、船の重低音をBGMにな

んともいい調和をみせていた。

私のカワサキは、景色にピタッとはまっていた。不思議なものだ。松田のバイ

クについた黒いおじさんボックスさえなければ完璧な絵なのにと私は思った。

松田は雨がふったり寒くなったりすると、ハンドルカバーさえ装着する男だ。

気にくわない。

バイクの工業デザインを私は立派な芸術だと思っている。そのシルエットを平

気で壊す松田の姿勢は、私にはどうにも許し難いものなのだ。自分のおっさん

さを素直に認めればまだいいのだが、松田は自分のバイクにつけた箱やハンド

ルカバーに、屁理屈という御託で説明を加え続けるのだ。いつだったか聞いた

ハンドルカバーについての言い訳は、絶望的なものだった。

 

…1992年、シンガポールで行われたWGP500決勝は、周回数をあと2と

残し、突如猛烈な雨に見舞われた。川の様になった最終周、ピットの反対を押

し切り、RGV-Γにハンドルカバーを装着していたケビン・シュワンシは猛

烈な勢いでトップを追撃していた。雨で指が滑り、シケインでミスしたぶっち

ぎりのレイミーは、ついにその後のケビンの圧力をかわすことが出来なかっ

た。バックストレートに続く最終コーナー、前にいたのはケビンだった。レー

ス後のインタビューでレイミーは、「今度のレースはケビンにやられてしまっ

た。雨のせいにはしたくはないが、あのケビンのガンマにはステアリングに何

かパーツがついていた様だ。ケビンはアクセルワークを雨に左右されなかっ

た。今後、雨のケビンは怖いよ。ところで、あれは一体何だ。教えてくれ…」

記者陣にこう話したという。

松田は、「つまり、実用性を重視したケビンの判断が勝利をもたらしたんだ」

と、熱く熱く私に語った。騙った。

さらに松田によると、チームの監督はケビンにこう言ったという。「ケビン、

すまないがRGV-Γにホームセンターで買ったハンドルカバーをつけるのだ

けは頼むからやめてくれ、スポンサーがカンカンだ」と。監督に言われたケビ

ン・シュワンシは、大人の判断で次レースからカバーを泣く泣くあきらめ、ハ

ンドルカバーはたった一度きりの栄光、幻のレーシングパーツとなってしまっ

たという。自分のハンドルカバーはその時のシュワンシレプリカ、つまりレー

サーレプリカのパーツであると、松田は締めくくった。

 

「ほらっ!早く乗った乗った」と、松田とササキに背中を押され、私は湖岸の

バイクに見とれるのをやめて船に乗り込んだ。船は今津港を後にした。私は一

人、窓際の座り心地のいいシートに座りオーバーパンツを脱いだ。それから甲

板に出ようと鉄の階段をあがった。そこで私は鶴亀ネーさんにビールを渡され

た。缶ビールを手にした松田とササキが手招きをしている。ビールは真知の右

手にもあった。「乾杯しましょ」といったのは真知だった。ササキは、「鶴亀

さんからビールを差し入れていただきました。では、素晴らしい船旅に乾

杯!」と音頭をとった。

なんでビールが差し入れられるんだ、どういうツーリングクラブなんだよと

思っていると、スーパードライを一口飲んだ真知が、私に近づいてきた。私の

ジャケットの袖をひっぱり、皆から少し離れたところに連れて行く。

「吉村君、うちらもう付きおうてへんねんから、またええ友達に戻って今日は

楽しもうな」そういった。

真知は、スカッと明るい女だ。

 

私は思い知った。男とは何たる甘い生き物なんだろうか。私は今日、真知との

関係がうまくいかなくたって、それに向けての第ー歩目位には必ずなる、ま

た、するつもりでここへきたのだ。松田の根まわし、そして援後射撃の実在

も、港での真知の微笑みを見て私は確信さえしてしまっていたのだ。

「昌彦さんから、何か聞いたか?」私は精ー杯平静を装い、そう尋ねた。うわ

ずった私の声をごまかしてくれる甲板の風は、私の味方だった。

「いえ。何も。ただ来月にキャンプツーリングに誘われたわ。私がフリーに

なったから誘いやすくなったって。松田って今までデートの日にツーリングを

ぶつけないよう、気を使ってたらしいよ。何か嘘くそいやろ…」

そうだ。真知の言うとおりだ。気を使う男が、私と松島でフィーバーするはず

がない。

私は、ハメられた。

 

甲板では松田とササキがビールを飲み続けていた。巡礼中の松田が船上で呑ん

でいるのは言語道断であるが、私はツッコむ事はしなかった。なにしろ、私も

飲んでいるのだ。

船足は結構早く、竹生島が大きく見える頃には寒くなってしまった。真知と船

内に戻り、流れてくる琵琶湖ソングを二人で聞いた。曲名も歌手もわからな

かったが、私も真知も確かに聞き覚えはあった。

やがて、ツーリングクラブ『メロリン』のメンバーは船内に集まってきた。寒

くなったらしい。ササキは、ビールが足りない、ビールが足りないとニコニコ

していた。鶴亀は何かを想いながら船窓の竹生島に静かに目をやり、松田は

「アルコールが船の振動で私の全身にくまなく回った」といったきり、気持ち

よさそうにシートにへたりこんでいた。めいめい、勝手にやっている。

「吉村君、ところで竹生島って何。どんなとこ?」真知はそう聞いた。

「もうすぐ着くみたい。すぐわかるよ」私も今から行くところが何なのか全然

知らなかったからそう答えた。

私の傍らには、真知がいた。

 

竹生島はその丸い周囲が岩で切り立ち、港はその丸に入った切れ目のような小

さなものだった。それでも琵琶湖の各港からやってきた四艘ほどの観光船で結

構なにぎわいを見せていた。10件足らずの土産物屋が並び、赤い幟に飾られ

た階段を見上げると、宝厳寺の一部が少し見えていた。なんだか箱庭の様な不

思議な場所だった。この、港からお寺までの一望で私は、港、土産物屋、階

段、寺で構成される竹生島の全てを見ることが出来たのだと後に知った。

宝厳寺の長い階段をあがった後、息を上げているのは松田昌彦一人だった。そ

れでも西国観音霊場巡り三十番目の御朱印を集めた頃には元気を取り戻してい

た。また一つ判子の数が増えた朱印帳を小脇に戦災を免れた古い伽藍を眺め、

ひとり感動していた。

誰に言うともなく松田は、「旅の途中、つまりさっき今津の港から乗り込んだ

船の中で、僕は自分の人生やこれからの世界の事とか、いろんな事を考えた。

大事なのはそれなんだ。巡礼してるとね、僕の心は解放され、全てのものを冷

静に見つめる事が出来るんだ。するとね、謙虚になるんだよな。人間が、神妙

になるもんなんだよ。」そうつぶやき朱印帳を大事そうにウエストバッグにし

まった。

私は、食堂でのエビフライ、さらに巡礼の為に乗り込んだはずの船での酒盛り

を例にあげ、松田昌彦にとっての“謙虚”と“神妙”の説明をあらためて求め

た。しかし松田は私の問いを聞こえなかったものと処理し、歩きはじめた。

松田はすぐに立ち止まり、一本の柱を前にして今度は私と真知に語り始めた。

聞いてやらないとうるさいので私達は立ち止まった。

「この朝鮮帰りの木を削った人も、この石段を組んだ人も、みんなもうとっく

の昔に死んでるんだぜ。これを作るとき、人達は何を思い、何人の家族を背

負って、何時から何時まで仕事をしたんだろうな。仕事が終わったら一杯やれ

たのかな。これを作れと命令したおっさんの名前は残っているけど、このノミ

跡をつけたおっさんは誰なのかはわからない。僕はね、寺の縁起にも確かに興

味があるけれど、このノミ跡や石組み、そんな今に残る人間の仕事の痕跡によ

り一層の感動を覚えるんだ。三十三カ所を回れば、御利益があるとか何とかそ

んな事はいいんだ。僕はね、歴史を感じたいんだよ。人間の知恵と工夫の確か

な証拠を見てみたいんだよ。何の為か、それはね、それが人間を知る事になる

からだよ。自分を知る為だよ。僕を含めた人間て何なのか、そして何処へ行こ

うとしているのか、その答えがこの一本の柱にあるんだよ。先に生きた連中

が、僕達に何をすべきか教えてくれているんだよ…」

松田はまだ、ビールが抜けていないようだった。

「それで、大工さんは結局しんじゃったの?」真知は、半分くらいは話を聞い

ていたようだった。私は思わず、「死んだよ。死んでるよ。生きてたらこわい

よ。300歳とかありえないだろ。無理だよ」そうツッコんでしまった。

松田は渡り廊下の柱から天井を見回して言った。

「真知嬢、そういうわけだ。とにかくここはなんでもかんでも古くさいんだ。

おもしろいだろ」

「そうね、とりあえず木はボロボロね」

「そうなんだ。ボロボロなんだ」

「危ないし、建て直した方がいいわね」

「そうだな、建て直した方がいいな」

 

先に順路に沿って歩いていた鶴亀の姉貴が真知をよんだ。

「真知ちゃん!あんたのもあるから早く!」と。そこは、海に向かう舞台のよ

うなところだった。ササキは木製のテーブルにつき、筆ペンを手に考え込んで

すでに作業にかかっていた。直径10センチ足らずの素焼きの杯に、墨でなに

やら願い事を書いている。私も鶴亀ネーさんに一枚頂いた。どうやらそれを海

の方に立つ石の鳥居に向かって投げ、鳥居にヒットさせ皿が割れると願い事が

叶うらしいのだ。

願いが叶うイベント。これはイイ加減には出来ない。なんとしても成就させな

ければならない事が私にはある。しかし、いざ書こうとするとなかなかいい言

葉は思いつかない。私はみんなが何を書いているのか気になり、覗いてみた。

ササキは人生を楽しめる様に願い、松田は交通安全を願い、鶴亀ネーさんは夢

の実現を願っていた。三人とも真剣だった。気になる真知の分は座っていた席

の位置で見えなかった。私は、鶴亀の姉貴の使った言葉をそのまま拝借し、

『心願成就 吉村伸也』、そう書いた。もちろん私の願いは、真知との復縁

だ。それ以外には考えられない。

フリスビーよろしくササキの放った小皿は、鳥居の右にきれていった。続いて

怪しげなトルネードを見せた松田のは、皿が手から離れた瞬間に駄目だとわ

かった。一直線に下の海に吸い込まれていった。願いを叶えるためには10

メートルは先の鳥居にヒットさせなければならない。

鶴亀の姉貴のは惜しかった。またも右にきれたのだ。これはなかなかに難しい

ようだ。風と皿の形状から、思った方向には飛ばないのだ。次は真知の番だっ

た。やる気十分の真知に私は、「鳥居に投げず左の空間に向かって投げろ」と

アドバイスをした。真知は頷いた。松田昌彦は「真知嬢、俺達の失敗を踏み台

にして自分だけ願いを叶えるつもりだな。にくらしい」と、罵声を浴びせた。

するとササキが「まっさん、君のスローイングが描いた軌跡は全く参考にはな

らんぞ」と突っ込む。「うるさいな」松田はそう答え、ふてくされながら、へ

んなトルネードの練習を始めた。「真知、がんばりや」鶴亀が真知を促した。

全員の視線が真知に集まる。松田のトルネードも止まった。女投げで投げられ

た皿は前ではなく、斜め上に飛んだ。山ボールという奴だ。しかし、方向は

ちゃんと鳥居の左だ。真知の願いがこもった小皿は私の思った通り失速し、右

に流されはじめた。落下する。近づく。カシャッという音とともに、皿は石鳥

居に激突した。見事な程粉々になった。

期せずして他の参拝客から拍手がわいた。ササキは「ヨッシャ!」と拳骨を

作った後、モーレツな勢いで奇妙に両手をクロスさせはじめナンデダローを始

め、松田は何故かアントニオの1,2,3、ダーをやり始めた。真知と鶴亀

ネーさんは手を取り合い、ピョンピョンとはねはじめた。

私は騒ぎに紛れ注目が集まらないのは今だと、『心願成就』を石鳥居に放っ

た。鈍い音を立て、皿は砕けた。私は元野球部なのだ。その音に皆、私がス

ローイングを終えた事に気がついた。またも大きな拍手。私はササキと松田と

鶴亀のネーサンに一斉に襲われ、太鼓の乱れ打ちをしこたま背中に受け、祝福

された。

 

竹生島はこれで全部だった。出港まではまだ間があり、私達は思い思いに時間

を潰した。ササキはセブンスター、松田はマールボロをふかしながら、なまく

らな夢を語り合い。鶴亀ネーさんは、段差に腰掛け、うなだれ、何かを想って

いた。私は真知と話していたが、真知の願い事が何であったのかを聞くことは

出来なかった。話をそこに持っていこうとしたが、やがて時間になり、私達は

今津行きの船に乗り込まねばならなかったからだ。

 

今津に戻った私達は地図を囲み、帰りのコースを相談した。左側に琵琶湖を見

ながら一列に並んで走り、南下する予定だった。しかし、結局オートバイクラ

ブ『メロリン』はバラバラになった。

このツーリングクラブはこういうところが駄目だ。道に迷ったらいけないから

並んで走ろうと話し合ったのに、出発してから13分後にはもうバラバラに

なっていた。「デカイ奴は後ろだ」という事でしんがりを務めていた私、そし

てその前に走っていた真知の二台が取り残されてしまった。ササキがビュン

ビュン飛ばすのだ。真知の超のんびりペースでは引き離されるばかりだ。

そのうち、ヒネた先頭集団の姿は完全に見えなくなってしまった。私はすぐに

気がついた。松田とササキの考えそうなわざとらしい謀り事だ。真知と二人で

走って帰れという事だろう。だがまあいい。高速のサービスエリアで少しは松

島の弁解も出来たし、別れ際の真知の言葉「またいこうね」が得られただけで

も、私は、よかった。