友ヶ島(めろりーな28)

 

以前より気になりまくっていた和歌山友ヶ島。
職場の崎山氏の、「友ヶ島は、静かでほんまにええとこや、わしは好きやな…」の
言葉が耳に残り、ついに沖ノ島ついに上陸です。

 

沖ノ島、つまり、友ヶ島は4つの島の総称で、桟橋のある一番大きな島は、
沖ノ島というわけです。

 

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二万キロを越えてもなお快調の中国製MCR125が、今回もまた僕の相棒です。
CBR150Rでいくと、スピードを出してしまい、うまくありません。
のんびりツーリングにはこの125ccが、やはりぴったりきます。

 

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友ヶ島への連絡線は、以前は深日港からもでていたはずです。
しかし平成21年9月現在では、この加太港からのみです。

 

船の時間待ちというのは、なんといいものなのでしょう。
港の風景を眺めているだけで飽きません。

 

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かなりのスピードがでていたように思う船は、この一本桟橋に
到着します。

 

島気分満開です。

 

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友ヶ島は実は、お気楽リゾート島ではありません。
この島は、日本軍の要塞島だったのです。
本土決戦に備え、大阪に上陸するだろうアメリカ軍艦を
この紀淡海峡で沈める使命をもっていました。
ゆえに、島の道路はすべて当時の日本軍がつくったものだそうです。
どうにもこうにも、いけています。

 

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これは第二砲台です。
この景色にアメリカ軍艦は結局現れず、友ヶ島は戦わずに
終戦を迎えることとなりました。
連中が悠長に船に揺られてやってくるわけはなかったのです。
飛行機でひとっとび、撃ち落とす高射砲も、御座いませんでした。

 

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アメリカ軍艦と戦わなかったのに、第二砲台は、壊滅的な破壊を受けていました。
崩したのは、アメリカ軍艦の艦砲射撃ではなく、2004年の台風24号です。
しかしなんともいえぬ戦争遺物です。はいりこんだときに感じたこの妙な
感覚はなんなのでしょう。

 

日本は戦争をしていました。

 

遠足は、友ヶ島に決定ですよ、小学校は。

 

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圧巻の第三砲台、弾薬庫です。
懐中電灯をもっていかなかったのが大失敗でした。
半地下につくられたこの施設に、こいつだけは、絶対絶対に
後世に残さねばなりません。

 

なにがなんだかわかりませんが、超絶にイケています。

 

訪れてください。この無駄な抵抗と、美を。

 

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レンガが映っていますが、実はここは暗闇でして、カメラからこの位置に
歩いていくことさえ恐怖でした。

 

ここは、怖いんです。

 

怖いのが映っていなくて本当によかったと思います。

 

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大日本帝国軍の遺構は僕に複雑なおもいを与えましたが、
島の自然の方は大した開発が行われておらず、歩くだけで街疲れを癒してくれます。
結局、クルマがないからなんです。
クルマのための「道」がないからなんです。
帰りの船待ちは海岸に座り込み、1時間40分がたちました。

 

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水を十分に用意していなかった為、友ヶ島の半分しか歩けませんでした。
次こそは全島踏破を目指します。

 

必ずまたいくつもりです。

 

こんな近くに、こんなイケてる場所があるなんて、崎山氏にしみじみ感想を
吐かせるはずです。

 

そういう友ヶ島でした。

 

 

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